出逢うべき人

ある水曜日 苦楽園でのクラスのレッスンが終わり
もう暗くなった夜道にふと視線を感じ 東の空を見上げると
温泉卵の様なオレンジ色の大きな満月が ゆっくりと登ってきたところでした。
私はなぜか昔から月を見るのが大好き。
毎日変化していく様はいつも色んな感動を与えてくれるから
一点の曇りのない空に上りかけの大きな月は 特にとても特別なものを見つけた気がして
とっても幸せな気持ちになってしまうのです。
スーパーの駐車場なんかで 一人突然大きく現れた月に感動して
全く知らないおばちゃんに観て観て!きれいですね~~と
幸せを分かち合いたくなってしまいます。
そういえば今日は皆既月食だと 朝から何度も車のFMラジオが言ってました。
この神秘的な夜を一人で月を眺めて過ごすのはちょっとさびしいなと思っていたのです。
そうだ!あの人と一緒に観れるように急ごう!
と私は白いバラの花束を抱え車を飛ばしました。
私の恩師の命日が近く 今日は先生のお宅にお参りに行くつもりにしていました。
大きな池のほとりにある先生のご自宅には
奥様のふみ子さんが一人で住んでおられ一年ぶりの再会でした
二年前のブログ「伝えたかったこと」でも書きましたが
中学生の時からお世話になり 今の絵画教室の講師を勧めてくださった
恩師の杉浦祐二先生は私にとってかけがえのない先生でした。
多感な思春期 大人という大人にかみつくように不満だらけでとがっていた私に
まともに話が出来たのは杉浦先生だけでした。
ふみ子さ~ん 今日は皆既月食ですって~~!
二人でお庭に出て 池の向こう側に少しずつ欠けていく月をジッと眺めました。
不思議と今日この日に ふみ子さんと月を見上げてるのがとても自然な様に思えました。
先生が亡くなってから一年間は どう毎日を過ごしたのか覚えてないと
昨年は おっしゃってたふみ子さんが
今年は「祐二さんの遺作展をするのよ」と凛としたまなざしで 微笑まれました。
私は必ず行きますと見えなくなった月を後にしました。
それから 三週間ほどたって 杉浦祐二遺作展が 神戸のアートギャラリーで行われました。
先生の作品はどれも暖かくそしてロマンティックです。

今回は天使をテーマに出展されていてかなり沢山の作品が出ていました。
ヨーロピアンなクラッシックな中にもちょっとエロティックでコケティッシュな
テイストが含まれていて なぜか表情がふみ子さんに似ています。
いつもアトリエでキャンパスに向かう先生の姿が目に浮かび胸が熱くなりました。
10年間、毎週水曜日 私の児童教室の時間が終わる頃に交代で来られる先生
ほんの少しですがたわいもないおしゃべりをし 一日を終えるのが私の癒しでもありました。
何かを相談すると
いつも「そんなんまともすぎるわ~~ 君らしくない!
もっとハチャメチャやった方がいいわ~~」と言われてました。
周りからいつも もっとまともに!普通に!当たり前に!なぜ人と同じようにできないの?!
と咎められていた私は いつも先生に勇気をもらってました。
私自身を絶対否定することをせず 君なら大丈夫やん!と
信用し大きな器で包んでくださって 世間の呪縛から解いてもらえてました。

自分を見失わず 自分が楽であるように考える事
自分のことが好きである事
自由で生きる事 その為の責任がある事
いつも自信のない私に「がんばりすぎちゃうか~?遊ばな!もっと気楽にいかな!」と
全く違う視点を教えていただきました。
そう思えば私はいつも出会う人にとても恵まれてました。
父をはじめ人生の節目となる時々で出会った人たちは 今でもかけがえのない人達です。
嫌なものはイヤ!嫌いな人はキライ!という性格は多くの敵も作ってきました。
でもそんなイヤな人に出会っても その人がきっかけでその先に素晴らし出会いがあったり
人生ががらりと変わるきっかけになったりと
イヤな人と出会っても必ず意味があるのだなぁと
半世紀近く生きてやっと イヤな事にも感謝の気持ちが持てるようになってきました。
大切な人に教えてもらった格言で
「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
しかも一瞬早すぎず 一瞬遅すぎない時に。」というのがあるけれど
世の中72億の人々がいる中で 一生のうち出逢う人はホントにわずか
そんなほんの一握りの人の中で愛せる人なんて 本当に奇跡の出逢い。
沢山の人に出逢わなくても 大切な人と出逢いたい。
そして あの人がいたから今の自分が居ると思えたように
いつか私も 誰かの心の中に残る存在であれるような人になれたらなぁ と思うのでした。
by acute-97 | 2014-11-29 21:47 | お出かけ

